ベトナムの旅
 2003.11.17〜22、Look JTBのパックを利用しての元職場仲間等7名の気楽な旅。
第1日目 成田発、ホーチミン市(旧サイゴン)着。Kimdo royal city hotel
第2日目 メコン川クルーズ
第3日目 市内観光、ハノイへ移動。Hanoi hotel
第4日目 世界遺産ハロン湾観光
第5日目 市内観光、陶器のバッチャン観光。帰国便
第6日目 早朝成田着

街の雰囲気

ホーチミン市
ホーチミン市のホンダ(バイク)の洪水。街には意外にゴミが少ない。上は街路の植え込みで掃除する人。木の幹に塗られた白いペイントは防虫の為という説と、バイクの交通安全のためという2説あり。
     
宿泊したホテルの前、朝8時頃 左はレックスホテル           市民劇場 何故か衛兵交代をやっていた
   
   
ホーチミン市最大のベンタイン市場。ガイドに案内を頼んだが、危ない、偽物ばかりだと好い顔をしない。どうしても寄りたいのでホテルのコンシェルジェにタクシーを頼みほかの市内観光のついでに見学。
     ハノイ市
 市の中心部で観るハノイはホーチミンと同じバイクの大群。バイクは最大4人乗り、排気ガス対策で口をマスクで覆う人も多い。          
子供達
左 インターネットカフェ。右 ゲームセンター
携帯普及率は高そう。店の看板から観ると、NOKIAのシェアが圧倒的。
電気製品、バイク、乗用車は日本製が他を圧倒しており、ガイドによればその信頼度も高い。
戦争の傷跡
1975年4月30日にサイゴンが陥落、ベトナム戦争が終わった。今でも繰り返しテレビで放映されるベトナム戦映画、例えば「フルメタル・ジャケット」「ディア・ハンター」「地獄の黙示録」等。アメリカの恥部を描き、ベトナムの悲惨を語る。
1976年ホーチミンのもとに共産主義国として統一されたが、戦後ボートピープルが大量に生じ、大飢饉にも襲われた。1986年からの市場経済化を目指す「ドイモイ」政策が奏効し、経済が発展。
以上の予備知識を土台に、僅かに垣間見る程度であろうが、今のベトナムを観たかった。
街は活気にあふれ、貧しいながらも勤勉、ガイドの知的レベルも高い。IT化は遅れているものの好奇心が強い国民性から、急速に進むものと思われる。そうは言っても戦争の傷跡は全て癒えた訳ではなかった。
ツアーの途中で寄る土産物屋、左はアオザイ店、上は刺繍店。たくさんの女性が働いていた。ガイドの説明によれば、枯葉剤等による後遺障害者が多いとのこと。若い子がほとんどでおしゃべりしながらの仕事なのに静か。よく見ると手話、その他障害を負った人が確かに多い。

ホーチミン市 統一会堂(元大統領官邸)の脱出用ヘリ。赤マークのところが爆撃された。 ハノイ市 戦争証跡博物館。左 米軍鹵獲戦車。上 ピユリッツアー受賞の日本人沢田カメラマンの展示写真。
ミトのメコンデルタ(ホーチミン郊外)
     
メコン川の河口は広い、大きなフェリーが行き来する。泥ににごった河で泳ぐ子供達。明るく、元気。右は1990年に教祖の死により解散させられた椰子教団の不思議な建造物。 下左 デザートの果物
下中 蛇と記念写真
下右 小船で行くメコン
世界遺産 ハロン湾(ハノイ郊外)
ハロン湾はハノイからバスで延々3時間を要す。しかし行く値打ちあり。今回の観光ではここが一番。
景色がよい。海鮮料理がうまい。

シャコ
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